インフラへのキャプション|Captions for Infrastructure
 

 
インフラへのキャプション|Captions for Infrastructure
 

展覧会は、作品だけではなく普段は意識しない様々な要素によって成り立たっています。光源、建築、都市、地質、交通網、大気など、展覧会を成立させている様々なインフラ・ストラクチャー(下部構造)にキャプションを付け、対象化させます。
 
企画:橋本聡、松井勝正
企画協力:「引込線/放射線」書籍
場所:会場(第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園など)各所
 
 
《西武線》
作者:堤康次郎、経済成長、人口増加など。
鉄道は近代産業化社会の根幹をなすインフラである。1892年に国分寺と川越をつなぐ川越鉄道(後の西武新宿線・国分寺線)が開通し、1912年には池袋と飯能をつなぐ武蔵野鉄道(後の西武池袋線)が開通する。所沢駅で2つの線路は並行し、交差する。線路の交差は鉄道以前の主要交通路であった鎌倉街道と江戸街道の交差を反復している。後に2つの路線は西武鉄道に統合され、西武球場、西武園遊園地、西武百貨店など、西武資本による沿線開発が進められていく。それは戦後日本の経済成長と首都圏都市が拡張へと向かう時代であった。経済成長が止まり、人口が下降線に転じた現在、所沢駅の再開発計画が進められている。取り壊しの決まった会場ビルから見て、上りの新宿線は南へ向かい、上りの池袋線は北へ向かう。
 
《武蔵野台地》
作者:旧多摩川、立川断層、風など
武蔵野台地は旧多摩川が土砂を扇状に堆積させた平野である。立川断層の隆起によって台地となり、多摩川は狭山丘陵を迂回し、南へ流れる現在の形になったと考えられる。地表には富士山などの噴火などによる火山灰が風に運ばれたローム層が年に0,1mmほど堆積し続けている。
 
《セメント》
作者:サンゴ、フズリナ、マントル、秩父セメントなど
先カンブリア紀の生物は二酸化炭素とカルシウムの結合させた炭酸カルシウムの殻によって体を囲む方法を生み出した。マントルの対流は、群生するサンゴやフズリナなどの殻が堆積した地層を押上げ、石灰岩の山を生み出す。山は切り出され、石灰岩の炭酸カルシウムはセメントの主成分となる。セメントを使った建築は居住空間の高層化、密集化を促し、都市部での人の群生を支えている。
 
《日光》
作者:重力、水素、ガンマ線、素粒子のガスなど。
水素の核融合で生じた太陽エネルギーは主に400~700nmの波長を持つ電磁波として放射される。生物の眼は可視光線と言われるその帯域の太陽放射に反応する。葉緑体の祖先とされるシアノバクテリアはそのエネルギーで水を分解し大気中の二酸化炭素と反応させて炭水化物を合成するようになった。三葉虫の発達した連立像眼は太陽光の反射を媒介にして対象を見ることが出来たと考えられている。
 
《階段》
作者:火山、川、建設業者など。
階段は断続する水平面によって高低差の移動を容易にする。階段の歴史は古く発明者は分かっていない。最古の階段はおそらく堆積岩の侵食によって生まれた地形だろう。そうした自然の地形は高低差の昇り降りを容易にしてくれる。つまり階段は人類誕生以前から存在する。階段を一段に登るために人は約0.1キロカロリーのエネルギーを消費する。そのエネルギーはミトコンドリアによって大気中の酸素と炭水化物から作られる。炭水化物は酸化(燃焼)によってグラムあたり4キロカロリーのエネルギーを生む。
 
《蛍光灯》
作者:エトムント・ゲルマー、株式会社東芝、超新星爆発など
超新星爆発による核融合で生成した水銀原子に電子放射性物質から放たれた電子を衝突させることで紫外線を発生させ、蛍光物質が紫外線を吸収し可視光線を発する。
 
《プラスチック》
作者:レオ・ベークランド、シアノバクテリア、エクソンモービルなど
光合成バクテリアは太陽光エネルギーを使い水と二酸化炭素から炭水化物を合成する。バクテリアの死骸として堆積した炭水化物は、地熱の影響で酸素を分離して炭化水素となる。そうした化石燃料から分離された炭化水素を重合し、プラスチックとなる。
 
《埃》
作者:来場者、新陳代謝、摩擦など
衣服などに加工され劣化や摩擦によって分離した綿などの繊維、新陳代謝によって剥離した皮膚、風で飛ばされてきた土や花粉、そこに発生したダニの死骸や糞、カビなどが大気中に漂い、堆積して埃となる。
 
《廃園となった市立所沢幼稚園》
作者:フリードリヒ・フレーベル、所沢市議会、人口減少など
1837年、フリードリヒ・フレーベルは子どもが生まれながらに持つ神性を育てるために初の幼稚園を作った。幼稚園が人によって作られるものだとしても、その廃園を作りだすのは人の意図を超えた力である。1972年、所沢幼稚園は第二次ベビーブームの人口増加に対応して所沢市によって作られた。その後生じた人口減少などにより、その廃園は完成する。70年代から日本の出生率は低下し続け、当時予想されていた第三次ベビーブームは幻に終わる。2004年をピークにして日本の人口は下降傾向に転じ、江戸時代から拡張を続け、世界最大の都市とも言われる東京圏の拡張も限界を迎えた。大きな地図で見ると所沢幼稚園は東京圏の成長の限界点に位置していることが分かる。廃園となった所沢幼稚園は成長の限界と反転した未来を示すモニュメントでもある。
 
《人間》
作者:母、父、食料など
人間は母と父によって半ば意図的に作られる。この3万年間、一時的な減少はあったにせよ、日本の人口は指数関数的な増大傾向にあった。2004年をピークにした人口減少が一時的なものではないとすると、それはこの3万年間で初めての大事件となる。私たちが生きている時代にそのような珍しい事態が生じる確率は低いように思われるが、実はそうではない。紀元元年の人口は3万人と推定されており、2004年の人口は1億2768万人である。つまり私たちが現代に生を受けた人間ではなく紀元元年の人間だった確率は4256分の1しかない。現在までの歴史すべてを含んだ日本の総延べ人口の4分の1は現在生きている人間である。その確率で言えば、日本人が未来にわたって繁栄しつづけ、絶滅までに現在の総延べ人口の10倍の人間が生まれる可能性は9割方ない。過去より未来に10倍の日本人がいるとすれば、私たちも未来に生まれていた可能性が高いからだ。
 
《錆》
作者:製鉄所、酸素、水、紫外線など
30億年ほど前、葉緑体の先祖であるシアノバクテリアが出現し、水を分解し酸素を排出していった。酸素は海水に溶けていた鉄と結びついて酸化鉄を作り、海底に沈殿して鉄鉱層を作った。建築などに使われる鉄鋼は、鉄鉱から酸素を分離して、人工的に育てられた鉄の多結晶体である。18世紀の科学者ラボアジェは錆や燃焼が酸化であることを発見した。鉄鋼は再び酸素と結びついて酸化する傾向にある。赤錆は酸化鉄を層状に膨張させ酸素と反応する鉄の表面積を増大させ、保護のための塗膜等を内側から破壊していく。つまり赤錆は、錆が錆をよぶ循環システムによって成長していく。フランス革命政府によって捉えられたラボアジェは「共和国に科学者は不要である」され、断頭台にかけられた。血液中には海水の300倍以上の鉄が含まれており、鉄の酸化を利用して酸素の体内循環に利用している。酸化鉄が色素となり血液は赤く見える。
 
《退色》
作者:ウィリアム・パーキン、DIC株式会社、紫外線など
色素分子は太陽光から一部の波長の光を吸収して色を生む。例えば葉緑素は赤と緑の光を吸収して光合成を行い、不要な緑の光を反射する。シアノバクテリアの化石とされる石油から合成されたアゾ、フタロシアニンなどの有機顔料は鮮やかな色を発生させるが、太陽光はその分子構造を徐々に破壊していく。破壊された色素分子は光を吸収する能力を失い、色面は少しずつ白色に近づいていく。
 
《壁》
作者:風雨、建築家、両親媒性分子など
人間が眼にした最初の壁は風化や侵食が生んだ崖だろう。壁は空間をこちら側とあちら側に分断し、物の行き来を妨害する。壁は雨風や敵を遮断することで内側に安全な領域を作りだすが、内側にいる人の自由な活動をも阻害する面もある。壁画から生じた絵画は、そうした壁のジレンマから生じたのかもしれない。壁画には行き止まりである壁に、その向こう側を作り出す機能がある。あるいは体内と環境を隔てる膜が生物にとって最も原初的な壁だったかもしれない。その場合、壁の崩壊は死を意味するが、眼や耳などの感覚器官は、死なない程度に開けられた壁の穴だとも言える。
 
《砂》
作者:雨、風、太陽、川など。
「砂上の楼閣」という言葉があるように、砂ははかなく崩れ去るものを代表する素材だ。砂は風化と侵食によってひび割れた岩石の破片であり、川の流れ等によって摩耗した石片から作られている。無数の砂から元の岩石を復元することが出来るだろうか。砂はもはや過去の痕跡を保ってはいない。砂場で作られた無数の構築物もまた永遠に失われたものとなる。砂場で遊ぶことで子どもは、世界を支配するエントロピーの法則を学ぶことができる。砂はコンクリートの骨材としても一般に利用されており、ホームセンター等で20kgあたり200円ほどで買うことができる。
 
《空》
作者:大気、水蒸気、太陽など
空は本当の空、つまり真空ではない。空が真空であれば、太陽からまっすぐに眼球に入ってくる光しか見ることが出来ず、太陽以外の領域は透明もしくは黒となる。空の青い色の正体は水蒸気などの物質に反射して眼球へと向かう太陽光である。赤や緑などの波長の長い光は大気中の物質をすり抜けて直進する傾向にあるため目に届くことは少ない。その意味では、昼間の屋外で見る全てのものの正体は反射された太陽光だと言える。空は目の前から無限遠まで続いているため空のピンボケ写真は存在しない。
 
《ゴミ》
作者:生産物、所有者など
物が所有され、その所有が放棄されたものは廃棄物となる。例えばペットボトルがゴミに変わる時に起こるのは、呼び方の変化であり、物理的な変化でない。したがってゴミは命名をめぐる政治の対象となる。ゴミを「資源」と呼びなおすことでリサイクルが可能になる。国内でリサイクルの名目で回収されたペットボトルの大半は製品に生まれ変わることなく燃料として利用されている。「ゴミ」として焼却することと「燃料」として焼却することの違いは呼び方の違いであり、物理的に違いはない。

展覧会は、作品だけではなく普段は意識しない様々な要素によって成り立たっています。光源、建築、都市、地質、交通網、大気など、展覧会を成立させている様々なインフラ・ストラクチャー(下部構造)にキャプションを付け、対象化させます。
 
企画:橋本聡、松井勝正
企画協力:「引込線/放射線」書籍
場所:会場(第19北斗ビル、旧市立所沢幼稚園など)各所
 
 
《西武線》
作者:堤康次郎、経済成長、人口増加など。
鉄道は近代産業化社会の根幹をなすインフラである。1892年に国分寺と川越をつなぐ川越鉄道(後の西武新宿線・国分寺線)が開通し、1912年には池袋と飯能をつなぐ武蔵野鉄道(後の西武池袋線)が開通する。所沢駅で2つの線路は並行し、交差する。線路の交差は鉄道以前の主要交通路であった鎌倉街道と江戸街道の交差を反復している。後に2つの路線は西武鉄道に統合され、西武球場、西武園遊園地、西武百貨店など、西武資本による沿線開発が進められていく。それは戦後日本の経済成長と首都圏都市が拡張へと向かう時代であった。経済成長が止まり、人口が下降線に転じた現在、所沢駅の再開発計画が進められている。取り壊しの決まった会場ビルから見て、上りの新宿線は南へ向かい、上りの池袋線は北へ向かう。
 
《武蔵野台地》
作者:旧多摩川、立川断層、風など
武蔵野台地は旧多摩川が土砂を扇状に堆積させた平野である。立川断層の隆起によって台地となり、多摩川は狭山丘陵を迂回し、南へ流れる現在の形になったと考えられる。地表には富士山などの噴火などによる火山灰が風に運ばれたローム層が年に0,1mmほど堆積し続けている。
 
《セメント》
作者:サンゴ、フズリナ、マントル、秩父セメントなど
先カンブリア紀の生物は二酸化炭素とカルシウムの結合させた炭酸カルシウムの殻によって体を囲む方法を生み出した。マントルの対流は、群生するサンゴやフズリナなどの殻が堆積した地層を押上げ、石灰岩の山を生み出す。山は切り出され、石灰岩の炭酸カルシウムはセメントの主成分となる。セメントを使った建築は居住空間の高層化、密集化を促し、都市部での人の群生を支えている。
 
《日光》
作者:重力、水素、ガンマ線、素粒子のガスなど。
水素の核融合で生じた太陽エネルギーは主に400~700nmの波長を持つ電磁波として放射される。生物の眼は可視光線と言われるその帯域の太陽放射に反応する。葉緑体の祖先とされるシアノバクテリアはそのエネルギーで水を分解し大気中の二酸化炭素と反応させて炭水化物を合成するようになった。三葉虫の発達した連立像眼は太陽光の反射を媒介にして対象を見ることが出来たと考えられている。
 
《階段》
作者:火山、川、建設業者など。
階段は断続する水平面によって高低差の移動を容易にする。階段の歴史は古く発明者は分かっていない。最古の階段はおそらく堆積岩の侵食によって生まれた地形だろう。そうした自然の地形は高低差の昇り降りを容易にしてくれる。つまり階段は人類誕生以前から存在する。階段を一段に登るために人は約0.1キロカロリーのエネルギーを消費する。そのエネルギーはミトコンドリアによって大気中の酸素と炭水化物から作られる。炭水化物は酸化(燃焼)によってグラムあたり4キロカロリーのエネルギーを生む。
 
《蛍光灯》
作者:エトムント・ゲルマー、株式会社東芝、超新星爆発など
超新星爆発による核融合で生成した水銀原子に電子放射性物質から放たれた電子を衝突させることで紫外線を発生させ、蛍光物質が紫外線を吸収し可視光線を発する。
 
《プラスチック》
作者:レオ・ベークランド、シアノバクテリア、エクソンモービルなど
光合成バクテリアは太陽光エネルギーを使い水と二酸化炭素から炭水化物を合成する。バクテリアの死骸として堆積した炭水化物は、地熱の影響で酸素を分離して炭化水素となる。そうした化石燃料から分離された炭化水素を重合し、プラスチックとなる。
 
《埃》
作者:来場者、新陳代謝、摩擦など
衣服などに加工され劣化や摩擦によって分離した綿などの繊維、新陳代謝によって剥離した皮膚、風で飛ばされてきた土や花粉、そこに発生したダニの死骸や糞、カビなどが大気中に漂い、堆積して埃となる。
 
《廃園となった市立所沢幼稚園》
作者:フリードリヒ・フレーベル、所沢市議会、人口減少など
1837年、フリードリヒ・フレーベルは子どもが生まれながらに持つ神性を育てるために初の幼稚園を作った。幼稚園が人によって作られるものだとしても、その廃園を作りだすのは人の意図を超えた力である。1972年、所沢幼稚園は第二次ベビーブームの人口増加に対応して所沢市によって作られた。その後生じた人口減少などにより、その廃園は完成する。70年代から日本の出生率は低下し続け、当時予想されていた第三次ベビーブームは幻に終わる。2004年をピークにして日本の人口は下降傾向に転じ、江戸時代から拡張を続け、世界最大の都市とも言われる東京圏の拡張も限界を迎えた。大きな地図で見ると所沢幼稚園は東京圏の成長の限界点に位置していることが分かる。廃園となった所沢幼稚園は成長の限界と反転した未来を示すモニュメントでもある。
 
《人間》
作者:母、父、食料など
人間は母と父によって半ば意図的に作られる。この3万年間、一時的な減少はあったにせよ、日本の人口は指数関数的な増大傾向にあった。2004年をピークにした人口減少が一時的なものではないとすると、それはこの3万年間で初めての大事件となる。私たちが生きている時代にそのような珍しい事態が生じる確率は低いように思われるが、実はそうではない。紀元元年の人口は3万人と推定されており、2004年の人口は1億2768万人である。つまり私たちが現代に生を受けた人間ではなく紀元元年の人間だった確率は4256分の1しかない。現在までの歴史すべてを含んだ日本の総延べ人口の4分の1は現在生きている人間である。その確率で言えば、日本人が未来にわたって繁栄しつづけ、絶滅までに現在の総延べ人口の10倍の人間が生まれる可能性は9割方ない。過去より未来に10倍の日本人がいるとすれば、私たちも未来に生まれていた可能性が高いからだ。
 
《錆》
作者:製鉄所、酸素、水、紫外線など
30億年ほど前、葉緑体の先祖であるシアノバクテリアが出現し、水を分解し酸素を排出していった。酸素は海水に溶けていた鉄と結びついて酸化鉄を作り、海底に沈殿して鉄鉱層を作った。建築などに使われる鉄鋼は、鉄鉱から酸素を分離して、人工的に育てられた鉄の多結晶体である。18世紀の科学者ラボアジェは錆や燃焼が酸化であることを発見した。鉄鋼は再び酸素と結びついて酸化する傾向にある。赤錆は酸化鉄を層状に膨張させ酸素と反応する鉄の表面積を増大させ、保護のための塗膜等を内側から破壊していく。つまり赤錆は、錆が錆をよぶ循環システムによって成長していく。フランス革命政府によって捉えられたラボアジェは「共和国に科学者は不要である」され、断頭台にかけられた。血液中には海水の300倍以上の鉄が含まれており、鉄の酸化を利用して酸素の体内循環に利用している。酸化鉄が色素となり血液は赤く見える。
 
《退色》
作者:ウィリアム・パーキン、DIC株式会社、紫外線など
色素分子は太陽光から一部の波長の光を吸収して色を生む。例えば葉緑素は赤と緑の光を吸収して光合成を行い、不要な緑の光を反射する。シアノバクテリアの化石とされる石油から合成されたアゾ、フタロシアニンなどの有機顔料は鮮やかな色を発生させるが、太陽光はその分子構造を徐々に破壊していく。破壊された色素分子は光を吸収する能力を失い、色面は少しずつ白色に近づいていく。
 
《壁》
作者:風雨、建築家、両親媒性分子など
人間が眼にした最初の壁は風化や侵食が生んだ崖だろう。壁は空間をこちら側とあちら側に分断し、物の行き来を妨害する。壁は雨風や敵を遮断することで内側に安全な領域を作りだすが、内側にいる人の自由な活動をも阻害する面もある。壁画から生じた絵画は、そうした壁のジレンマから生じたのかもしれない。壁画には行き止まりである壁に、その向こう側を作り出す機能がある。あるいは体内と環境を隔てる膜が生物にとって最も原初的な壁だったかもしれない。その場合、壁の崩壊は死を意味するが、眼や耳などの感覚器官は、死なない程度に開けられた壁の穴だとも言える。
 
《砂》
作者:雨、風、太陽、川など。
「砂上の楼閣」という言葉があるように、砂ははかなく崩れ去るものを代表する素材だ。砂は風化と侵食によってひび割れた岩石の破片であり、川の流れ等によって摩耗した石片から作られている。無数の砂から元の岩石を復元することが出来るだろうか。砂はもはや過去の痕跡を保ってはいない。砂場で作られた無数の構築物もまた永遠に失われたものとなる。砂場で遊ぶことで子どもは、世界を支配するエントロピーの法則を学ぶことができる。砂はコンクリートの骨材としても一般に利用されており、ホームセンター等で20kgあたり200円ほどで買うことができる。
 
《空》
作者:大気、水蒸気、太陽など
空は本当の空、つまり真空ではない。空が真空であれば、太陽からまっすぐに眼球に入ってくる光しか見ることが出来ず、太陽以外の領域は透明もしくは黒となる。空の青い色の正体は水蒸気などの物質に反射して眼球へと向かう太陽光である。赤や緑などの波長の長い光は大気中の物質をすり抜けて直進する傾向にあるため目に届くことは少ない。その意味では、昼間の屋外で見る全てのものの正体は反射された太陽光だと言える。空は目の前から無限遠まで続いているため空のピンボケ写真は存在しない。
 
《ゴミ》
作者:生産物、所有者など
物が所有され、その所有が放棄されたものは廃棄物となる。例えばペットボトルがゴミに変わる時に起こるのは、呼び方の変化であり、物理的な変化でない。したがってゴミは命名をめぐる政治の対象となる。ゴミを「資源」と呼びなおすことでリサイクルが可能になる。国内でリサイクルの名目で回収されたペットボトルの大半は製品に生まれ変わることなく燃料として利用されている。「ゴミ」として焼却することと「燃料」として焼却することの違いは呼び方の違いであり、物理的に違いはない。