『政治の展覧会:世界大戦と前衛芸術』出版プレイベント
オンライン座談会「世界大戦と前衛芸術」
〈引込線/放射線〉の書籍プロジェクトとして出版される『政治の展覧会』の出版プレイベントとして、Zoomを使ったオンライン座談会を開催します。池野絢子さんと沢山遼さんをゲストに招き、シリーズ1『政治の展覧会:世界大戦と前衛芸術』のテーマでもある世界大戦期の前衛芸術を通して、芸術と社会との関係を考えてみたいと思います。
近年、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなど、社会の変革に直接関わっていこうとする芸術の動向が注目されているが、そうした動向は戦後モダニズム以後の新しいトレンドというわけではない。20世紀の初頭に起こった前衛芸術運動はラディカルに芸術的実践と社会的実践を融合させた試みだった。未来派は芸術と政治を融合させ、ロシア・アヴァンギャルドは芸術と産業の融合を目指した。彼らは、民主主義と資本主義の時代に対応した新しい社会を制作しようとしたのだ。
しかし20世紀の前半は、民主主義と資本主義が抱える問題が2つの世界大戦として噴出した時期だった。この時期、民主主義の主体である大衆は、自立した個人ではなく群衆としての姿をあらわし、民意を操作しようとするプロパガンダ型の政治が一般化する。一方、資本主義は、利潤をめぐる競争を激化させ、大恐慌を引き起こした。
そして両世界大戦期は、前衛芸術が抱える問題も噴出した時期でもあった。あらゆる既存の制度からの解放を目指した未来派のマリネッティの活動は、文化的制度に抑圧されていた暴力の解放と結びつき、イタリアのファシズムを準備する結果になった。また、個的な視点を越えた普遍的な世界の実現を目指したロシア・アヴァンギャルドのリシツキーの活動は、スターリン体制下の全体主義を宣伝するプロパガンダへと展開していったのだ。
社会から自立した芸術を擁護するC・グリーンバーグの戦後モダニズム理論は、こうした、大衆社会がファシズムやスターリニズムに陥った状況への危機感から生み出されたものだった。また、重要な前衛芸術運動のひとつであるダダも第一次世界大戦への反対運動から生まれたものであった。前衛芸術は、世界大戦期の状況と密接に関わりながら様々な形で近代社会の問題に取り組んでいったのだ。
こうした両世界大戦期の芸術を検証することは、現代の芸術と社会の関係を考えるために不可欠の出発点となるはずだ。マリネッティは世界大戦を未来派の作品であると規定した。そうした拡張された芸術概念を批評的に検証するには、既存の枠組みを越えた美術批評の方法が求められるだろう。
〈引込線/放射線〉の書籍プロジェクトとして出版される『政治の展覧会』の出版プレイベントとして、Zoomを使ったオンライン座談会を開催します。池野絢子さんと沢山遼さんをゲストに招き、シリーズ1『政治の展覧会:世界大戦と前衛芸術』のテーマでもある世界大戦期の前衛芸術を通して、芸術と社会との関係を考えてみたいと思います。
近年、ソーシャリー・エンゲイジド・アートなど、社会の変革に直接関わっていこうとする芸術の動向が注目されているが、そうした動向は戦後モダニズム以後の新しいトレンドというわけではない。20世紀の初頭に起こった前衛芸術運動はラディカルに芸術的実践と社会的実践を融合させた試みだった。未来派は芸術と政治を融合させ、ロシア・アヴァンギャルドは芸術と産業の融合を目指した。彼らは、民主主義と資本主義の時代に対応した新しい社会を制作しようとしたのだ。
しかし20世紀の前半は、民主主義と資本主義が抱える問題が2つの世界大戦として噴出した時期だった。この時期、民主主義の主体である大衆は、自立した個人ではなく群衆としての姿をあらわし、民意を操作しようとするプロパガンダ型の政治が一般化する。一方、資本主義は、利潤をめぐる競争を激化させ、大恐慌を引き起こした。
そして両世界大戦期は、前衛芸術が抱える問題も噴出した時期でもあった。あらゆる既存の制度からの解放を目指した未来派のマリネッティの活動は、文化的制度に抑圧されていた暴力の解放と結びつき、イタリアのファシズムを準備する結果になった。また、個的な視点を越えた普遍的な世界の実現を目指したロシア・アヴァンギャルドのリシツキーの活動は、スターリン体制下の全体主義を宣伝するプロパガンダへと展開していったのだ。
社会から自立した芸術を擁護するC・グリーンバーグの戦後モダニズム理論は、こうした、大衆社会がファシズムやスターリニズムに陥った状況への危機感から生み出されたものだった。また、重要な前衛芸術運動のひとつであるダダも第一次世界大戦への反対運動から生まれたものであった。前衛芸術は、世界大戦期の状況と密接に関わりながら様々な形で近代社会の問題に取り組んでいったのだ。
こうした両世界大戦期の芸術を検証することは、現代の芸術と社会の関係を考えるために不可欠の出発点となるはずだ。マリネッティは世界大戦を未来派の作品であると規定した。そうした拡張された芸術概念を批評的に検証するには、既存の枠組みを越えた美術批評の方法が求められるだろう。
出演:池野絢子(ゲスト)、沢山遼(ゲスト)、引込線/放射線パブリケーションズ(主宰)
日時:2020年5月31日(日)19:00~21:00 (18:45開場)
場所:オンライン(Zoom)
参加費:無料(予約制)
予約方法:参加を希望される方はお名前とメールアドレスをご明記の上、以下の窓口までご連絡下さい。開演の一時間前までにメールで会議室IDをお知らせします。
イベント窓口:politics.exhi@gmail.com
〈ゲスト略歴〉
池野絢子|Ayako IKENO
美術史家。専門はイタリアの近現代美術。1981年東京都生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程修了、博士(人間・環境学)。青山学院大学准教授。単著に『アルテ・ポーヴェラ――戦後イタリアにおける芸術・生・政治』(慶應義塾大学出版会、2016年)、共著に中村靖子編『非在の場を拓く――文学が紡ぐ科学の歴史』(春風社、2019年)、分担執筆に岡田温司編『ジョルジョ・モランディの手紙』(みすず書房、2011年)など。
沢山遼|Ryo Sawayama
美術批評。1982年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。武蔵野美術大学、東京都立大学等非常勤講師。主な論考に「都市の否定的なものたちニューヨーク、東京、1972年」(『ゴードン・マッタ=クラーク展』東京国立近代美術館、2018年)、「ウォーホルと時間」(『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第4号、2018年)、「ニューマンのパラドクス」(田中正之編『ニューヨーク 錯乱する都市の夢と現実(西洋近代の都市と芸術7)』竹林舎、2017年)など。
企画・制作:引込線/放射線パブリケーションズ
(粟田大輔、勝俣涼、関貴尚、高嶋晋一、中川周、中島水緒、橋場佑太郎、橋本聡、松井勝正)
出演:池野絢子(ゲスト)、沢山遼(ゲスト)、引込線/放射線パブリケーションズ(主宰)
日時:2020年5月31日(日)19:00~21:00 (18:45開場)
場所:オンライン(Zoom)
参加費:無料(予約制)
予約方法:参加を希望される方はお名前とメールアドレスをご明記の上、以下の窓口までご連絡下さい。開演の一時間前までにメールで会議室IDをお知らせします。
イベント窓口:politics.exhi@gmail.com
〈ゲスト略歴〉
池野絢子|Ayako IKENO
美術史家。専門はイタリアの近現代美術。1981年東京都生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程修了、博士(人間・環境学)。青山学院大学准教授。単著に『アルテ・ポーヴェラ――戦後イタリアにおける芸術・生・政治』(慶應義塾大学出版会、2016年)、共著に中村靖子編『非在の場を拓く――文学が紡ぐ科学の歴史』(春風社、2019年)、分担執筆に岡田温司編『ジョルジョ・モランディの手紙』(みすず書房、2011年)など。
沢山遼|Ryo Sawayama
美術批評。1982年生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。武蔵野美術大学、東京都立大学等非常勤講師。主な論考に「都市の否定的なものたちニューヨーク、東京、1972年」(『ゴードン・マッタ=クラーク展』東京国立近代美術館、2018年)、「ウォーホルと時間」(『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第4号、2018年)、「ニューマンのパラドクス」(田中正之編『ニューヨーク 錯乱する都市の夢と現実(西洋近代の都市と芸術7)』竹林舎、2017年)など。
企画・制作:引込線/放射線パブリケーションズ
(粟田大輔、勝俣涼、関貴尚、高嶋晋一、中川周、中島水緒、橋場佑太郎、橋本聡、松井勝正)